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教育基本法改正と政治教育 [教育関係]

さて、日付が変わって昨日、教育基本法改正案が衆議院本会議を通過しました。

昨今はいよいよ日教組(日本教職員組合)も動き出し、特に『愛国心』の表記について賛否両論が動いております。

現在の教育基本法は『自由』を教える事のみを念頭において作られております。そのため、社会規範である道徳やルールといった『自由であってはいけないもの』を教える事にかけております。あと改正案では『愛国心』を『国を愛する心』と表記していますが、私は『国を考える心』ではないかと考えます。愛国心というのは決して自国(自文化)優位主義ではありません。むしろ、日本という国を考え、国の進むべき道を国民ひとりひとりが考える事、それが愛国心ではないかと思います。

私は教育基本法の改正は憲法改正の後ではないかと考えていまが、憲法改正の前に教育基本法改正の前例を作っておく事も悪くないと思います。教育基本法はあくまで『法律』ですから、憲法を変えたあとでも変更は可能です。

それよりも、私が考えてしまうのは第14条の政治教育に関する条文です。国の進むべき道を国民一人一人が考えるためにはそれ相応の政治教育が必要です。日本の行政・立法・司法制度やその元となった考え方、諸外国の制度や国際機関の制度・仕組みなどを知らなければ、考えるための基礎がないことになります。

ですが、その考える上での基礎に自分達の政治思想を混ぜ込んでいる日教組の存在も忘れてはなりません。確かに左右や革新・保守双方の言い分を知る事は国の進むべき道を考える上でも必要なことです。しかし、『教師』の立場として生徒に日教組の考え方を話せば、生徒は無条件に信じてしまいます。これはもはや洗脳に近いものです。

このような左右や革新・保守双方の言い分を教える場合には教師が『教える』のではなく生徒達が『調べる』形式でなくてはなりません。もちろん教師はこの中で思想的な理由でどちらか一方を切り捨ててはいけません。あくまで両方の思想を生徒に見せることを重視するべきだと考えます。

もちろんこのような状態になったことを教師や日教組の責任だけにする気はありません。生徒の側にだって重大な責任があります。未履修問題に代表されるように、ただ学校の教える受験のためだけのカリキュラムだけに淡々と従い、例えば政経の授業で「先生の言ったこの考え方違うんじゃないかな?」と思ってネットなどで調べるようなこともせず、ただ授業を受動的に受けてきた生徒の側にも責任があります。

私はこういう政治的な考え方を披露する機会があるのですが、みんな最後に大体こう言うのです。「それって受験には関係ないじゃん。」こんなのだから、国民の政治的知識レベルが格段に下がってしまったのではないでしょうか。

今回の教育基本法改正では政治教育の必要性についても言及されました。これから行われるであろう、日教組などの影響を受けない、公平な政治教育によってこのような政治的無知識が少しでも収まることを期待しています。


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そもそも教育とは何か? [教育関係]

さて、昨今『教育』に関する様々な問題や議論が起こっています。

そこで、私は考えました。教育って何なんでしょうか。

辞書で調べてみると『ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養(かんよう)などを図り、その人のもつ能力を伸ばそうと試みること。』とあります。ではこの文面にある『望ましい姿』とは何なんでしょうか。

私はこの『望ましい姿』を日本人だと考えています。つまり、日本の『教育』とは「日本人を育て、成長させること。」だと思います。

では、現在の教育基本法や学校基本法、さらには大学入試制度や各種学校の制度は『日本人』を育て、成長させる制度でしょうか。私はそうは思いません。

その象徴が今回の世界史未履修です。世界史というのは『世界に立ち向かう日本人』を育てる上で英語以上に重要だと思います。何故なら、相手の国に対する歴史的理解がなければ、相手のバックグラウンド(祖国)を理解することはできないのです。

だからこそ、安倍政権は教育基本法の改正を公約に掲げていますが、残念ながら彼らの教育基本法改正にはあまり期待はしていません。

何故なら『日本』の定義がないからです。その定義するものこそ『憲法』なのです。

ですから、『憲法改正』の前に『教育基本法改正』を行うのは順番が逆だと私は考えているのです。

ちょっと自分の意見が入りすぎてしまいましたね(笑

とにかく今、日本は教育とは何か、を真剣に討論していく段階に来ていると思います。


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必要科目の履修漏れ拡大とその原因 [教育関係]

この問題はやはり根が深かったですね。現在わかっているだけで300校以上で発覚しております。中には50分授業を350回受けなくてはならないことになるそうです。

さて、こういうふうに受験前の高校生に受験に無関係な授業をやって果たして身になるかといえばなりません。おそらく『内職』(授業中に別の科目の勉強をすること)が行われるのは確実です。補習やっている先生だって、『内職』していても注意すらしないでしょう。目に見えている話です。

もうすぐセンター試験まで2ヶ月を切るというこの時期に『卒業できない』という不安を生徒に与えてしまった学校も学校ですが、それを見て見ぬふりをした教育委員会、そしてそれをさらに見てみぬふりをしていたであろう文部科学省もみんな同罪です。


いちおう言いますと、センター試験ではたいてい、文系の人は国語、数学、英語と社会2科目(日本史、地理、世界史から1つ、政治経済、倫理、現代社会から1つ)と理科1科目を受験します。ちなみに理系は理科2科目と社会1科目です。そして文系も理系も1年で世界史を学んだ後で2年で日本史・地理から1つ選択します。つまり、世界史には1年の空白期間があるのです。そのため、受験生はあまり世界史を選ばず、2年から引き続いて日本史・地理を受講し、受験科目にします。

ちなみに理科は1年で理科総合A(化学・物理系)と理科総合B(生物・地学系)を受け、2年でそれぞれの選択に移ります。理系は化学(理系必修)と物理・生物から1つ(地学を選ぶ人はほとんどいない)、文系は生物・地学から1つ(化学・物理を選ぶ人はめったにいない)を選択します。

先ほど書いたとおり、世界史はどうしても1年空いてしまうのに加えて、覚える事が結構多いんです。世界史は「浅く、広く」で中国やヨーロッパといった広い地域の歴史を勉強しますが、1つ1つはそれほど詳しくはやりません。対して日本史は「狭く、深く」で日本という狭い地域だけの歴史ですみますが、1つ1つはかなり詳しくやります。ですから、どちらかというとなじみの深い日本史を選択する人が多くなります。


と、まぁ科目の話を長々としてきましたが、要は「広範囲な世界史に時間かけるよりも狭い範囲で済む日本史の1つ1つの事柄にじっくり時間をかければ」と考えたのでしょう。事実、センター試験の勉強だけでも日本史はかなりの時間がかかります。

ただ、現役で日本史の勉強をしているものに言わせれば「世界史あっての日本史、日本史あっての世界史」だと思います。特に18~20世紀の日本史は世界史をしらなくては話にならないところがあります。日本とヨーロッパ、アメリカとの関係に対する知識がなければ結構きついです。もちろん地理だって世界史の知識は結構必要です。

ですから、日本史で受験するからって世界史捨てれば逆に時間かかります。

あと家庭科とか芸術捨ててたって話しもありますが、さすがにあれが受験に関わるのは家政系や芸術系の大学に行く人だけですよね。とはいえ、世の中には『教養』という言葉もあります。

『教養』という言葉を辞書で引くと学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。」とあります。

つまり知識というのは何でも必要なのだ、ということです。

いくら受験に必要ないからって切り捨てていいわけがありません。

この切捨てが発生した原因を一概に言う事はできませんが、おそらく授業時間の不足でしょう。週休二日制のいわゆる「ゆとり教育」が始まって以来、先生にも生徒にも逆にゆとりがなくなったように思えます。

ここは早期に土曜日のいわゆる半ドン(土曜日の午前授業)を復活すべきではないでしょうか。でなければこれからも履修漏れ、というか履修偽装は続くと思います。


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高岡南高校、必修科目漏れで3年生が卒業できないかも!? [教育関係]

履修漏れは学校ぐるみ、県教委にウソ…富山・高岡南高 (読売新聞)

 富山県立高岡南高校(篠田伸雅校長、生徒数557)の3年生全員197人が、地理歴史教科の必修科目を履修していなかった問題で、同校は2004年12月、国の学習指導要領に沿った「教育課程表」を県教委に提出していたが、授業内容を記す生徒指導要録には、実際には取っていない必修科目を履修していたかのように記録していたことが24日、わかった。

 県教委は要録の訂正と生徒の負担に配慮した補習の検討を同校に求める。

 篠田校長は県教委の聞き取り調査に対し、時間割と異なる授業をすることを教諭が生徒に説明。さらに指導要録には世界史、日本史、地理のうち1科目しか履修していないのに、もう1科目も履修したかのように単位を記録したと答えた。(Infoseekニュース)

ここ数日、学校の不祥事(というか不手際)が相次いで起きているな、と思っていたらついにとんでもないレベルのものが出てきました。

一応ご説明いたしますと、この国の学習指導要領により1年は世界史をやらなくてはならないことになっています。ちなみに私の学校では1年次に世界史をやり、2年次で日本史か地理のどちらか、そして3年次で世界史・日本史・地理(日⇔地は不可)となっています。

ほかのニュースによると、この高岡南高校は生徒から「受験に関係のない科目は受けたくない」という要望にこたえて、必須科目の世界史をやっていなかったそうです。

まぁ、実際センター試験では日本史か地理で受験する人のほうが多いですね。ですが、最低限やっていなくてはならない科目を履行していないのはどうかな、と思います。いくら何でも書類偽造してまでってのはやりすぎでしょ。

私もここの生徒と同じように受験生ですが、世界史やってると日本史にも結構応用できるんだけどな・・・と考えてしまいます。とにかく早期に「卒業できないかも」という生徒たちの不安を取り除いて、受験にまい進できるような環境を作るべきだと思います。


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日本の教育はすでに崩壊した。 [教育関係]

福岡県筑前町の町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した事件で、学校側は15日、合谷智(ごうや・さとし)校長と1年生の時の男性担任教諭らが、男子生徒宅を訪れ、男子生徒の母親から受けた相談内容を無断で同級生に暴露し、それが元で男子生徒がいじめられるようになったことを認めて、両親に謝罪した。

 合谷校長は「教諭によるいじめと受け取られても仕方がない。これが自殺につながったと認識しており、申し訳ない」と話し、同日夜開かれた保護者会でも説明した。

 男子生徒の両親や学校側によると、1年の1学期、男子生徒が早退を繰り返し、自宅でインターネットのサイトを閲覧していたのを、母親が教諭に相談した。教諭はこの相談内容を同級生の前で明かしたため、男子生徒は同級生から不名誉なあだ名を付けられた。両親によると、これをきっかけに男子生徒は同級生から、からかわれるようになり、「学校へ行きたくない」「死にたい」と漏らすようになった。(Infoseekニュース)

怒りを通り越して呆れます

確かに教師も人間。失敗することもあるでしょう。ですが、母親から担任への相談内容を漏らすなんて言語道断です。しかもその生徒をイチゴの品種に例えて、その生徒が劣っているかのような発言をしたというではありませんか。

最近、いじめが原因で自殺する小中学生のニュースがよく流れます。そのたびに学校側は『いじめには気づかなかった。』と言い訳しますが、果たして本当なのでしょうか?

教師には意外に生徒側からの情報で生徒の交友関係がわかるものです。にもかかわらず『いじめには気づかなかった。』と言う事がありうるのでしょうか。

教師の中にはただ勉強だけを教えて居ればいい、いじめとか面倒なことには関わりたくないと考えている方もいるのではないでしょうか。つまり、ただのサラリーマンと化している教師です。

日本の教育制度の崩壊という言葉を聞いて久しいですが、それは学力ばかりではなく教師の人としての『質』にも言えるのではないでしょうか。

いじめというのは最初は2,3人のグループでやっていたことが、クラスの中にある悪い意味での『集団意識』によって、そのいじめはクラス全体が行うものになってしまいます。それを最終的に止められるのは、教師だけではないでしょうか。その教師に逆にいじめを誘発・増長するようなことを言われた少年が可哀想で仕方が有りません。

この筑前町立三輪中の出来事は全国で今も起こっているいじめや、いじめを見ない、見ようとしない教師の一例に過ぎないと思います。このまま何もしなければ同じような事例で自殺するような生徒・児童が出てしまうでしょう。

そして生徒・児童の側もいじめを見つけたら教師にいうなり、自分の親にいうなりすべきだと思います。確かに自分に影響が降りかかってくるかもしれません。ですが、目の前でいじめられている人を助けるためにも行動すべきだと思います。


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小学校からの英語教育 [教育関係]

近年、小学校からの英語教育が盛んになっています。

特に先日、伊吹文科相が小学校での英語教育に反対の意思を示しました。

私はかねてから、小学校での英語教育は時期尚早、というよりも必要ないと考えています。

そもそも言葉というのは教育で覚えるものではなく、必要に迫られて覚えるものだと思います。

それに英語、と一口に言ってもイギリス英語、アメリカ南部英語、インド英語、オーストラリア英語など様々な英語があります。中には元とは全く違う英語だってあるのです。

ですから、小学校のうちからこのうちの1つに英語を固定化してしまうのはいかがかと思います。

それに、そもそも日本人は日本語が話せなければ意味がありません。

ですが、今正しい日本語を理解している日本人は一体どれだけいるでしょうか。

小学校のうちから英語のために基礎学力として必要となる科目を減らしていいのでしょうか。

もちろん、英語に触れる事によって異文化理解を促進する、という賛成派の意見も理解できます。

ですが、その前に日本の歴史や文化を教える事の方が先ではないでしょうか。

自国のものを説明できない人間に異文化を理解することはできないとでしょう。

そうやって理解したものは薄っぺらいものでしかないと思います。


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